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第三章 悪夢の夜明け②

Penulis: 七森香歌
last update Tanggal publikasi: 2026-08-18 09:12:03

 宿屋の仕事が忙しいのは朝だけではない。宿泊客が訪れる夕方以降が忙しいのは言うまでもないが、各部屋の備品の補充やベッドメイキング、夕飯の下準備など、昼の間にも済ませるべき仕事は色々とある。

 これらのうち、客室まわり業務はユーフェの担当だ。ベッドに洗い立ての清潔なシーツを敷き、窓辺の鉢植えの花に水をやり、水さしやサービスの焼き菓子を用意し――朝のイーシュの客室清掃に不備があれば、しっかり者の彼女は説教まできっちりとしてくれる。

 ユーフェの仕事内容は、朝晩の食事の給仕や宿泊客の出迎えと見送り、洗濯や客室の用意などと多岐にわたる。彼女に言わせれば、エルフェン家の男たちは細やかな気配りや客あしらいに向いていない。

 かといって、イーシュも別にサボっているわけではない。朝の清掃の後は、祖父のグウィンの指示の下、夕飯の下拵えの手伝いをしていた。

 イーシュはくるくると包丁で大根の皮を剥きながら、

「じいちゃん、今日何作るの?」

「今日はポトフだ」

 グウィンは大鍋で鶏の手羽先の骨を煮込みながら答えた。言われてみれば、鍋から香り立つこの出汁の匂いはそれらしいものだった。

「いいね、今日は寒いし」

「だろう?」

 ポトフはグウィンの得意料理だ。以前に勤めていた王都のレストラン仕込みの味で、一般家庭で作られるものに比べて、上品で洗練されている。冬場、宿泊客にとても人気があり、イーシュもとても好きな料理だ。

 ふいにグウィンが、背後にある食材を保管している木箱を漁り出した。木箱の中をまさぐりながら、あれ、と首を傾げている。イーシュは包丁を動かす手を止め、首だけでグウィンを振り返る。

「じいちゃん、どうしたの?」

「いや、今日使うセロリがどこかにあったはずなんだが……」

「昨日の昼に余ってた肉と炒めて食べなかったっけ」

「あー……」

 グウィンとイーシュは顔を見合わせる。このことが二階で客室の用意をしているユーフェの耳に入ろうものなら、在庫管理がなっていないと怒られてしまいそうだった。

「イーシュ、悪いんだが、農家のルゴーのところに行って、今日使う分のセロリを買ってきてくれないか?」

「うん、わかった」

 グウィンに銅貨を手渡され、イーシュは包丁を置いた。銅貨と手をエプロンのポケットに突っ込むと、イーシュは勝手口から外へ出た。

 宿の外に出ると、朝に比べると暖かく、穏やかな陽気だった。昼下がりの今は、一日のうちでも一番暖かい時間帯だ。

 今の時間帯であれば、恐らくルゴーは畑で農作業をしているだろうとあたりをつけ、イーシュは村はずれの畑を目指して歩いていた。

(……ん?)

 イーシュは三十を少し越えたくらいの男とすれ違った。違和感を覚え、彼は足を止めて振り返る。シャツの上に品の良いジャケットを羽織ったいでたちは、王都へ向かう前にこの村に立ち寄った商人か何かに見えたが、その割には妙に目つきが鋭いし、雰囲気と服が噛み合っていないのかどことなくちぐはぐに見えた。時折、何かを探るように辺りを見回している様子なのも、何となく引っかかる。

 この村は、王都に近いこともあり、色々な人が立ち寄る。その中に少しくらい変わった人がいても、そこまで珍しいことではない。イーシュは、その男のことを何だか少し変な人だなと思いはしたものの、それほど気にも留めなかった。

 イーシュは、男の背を見送ると、グウィンから頼まれた買い物を済ませるため、足早に歩き出した。

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